父の最期と献血
Swimy,まおです。
今日は私の父のお話と献血のお話をしようと思います。
新しいホームページにブログが加えたきっかけは、
2017年2月3日
私の大好きな父は亡くなりました。
関西や名古屋でのライブにはいつも家族で見に来てくれていて、
「
その日私は都内にて収録を終え、
きっかけは献血に関するラジオ番組『 LOVE in Action 』(小林麻耶さんの番組(その時は療養中で川田裕美さんでした)
“何も知らないままコメントするのは絶対ダメだ!”
と思い、
献血を受けたのは渋谷でした。
すごく綺麗な所で、
献血が初めての人は献血する前に簡単な血液型検査とかするんやけ
体重的に私は200ml抜くことに。(抜く血に種類があったり、
注射が苦手な私は、痛い~!とか注射の針が思ったより太い!
無料でもらえるアイスクリームを食べて、思ったよりさらっと終わっ
いざ滋賀へ向けて出発!
献血したと言っても、
あの血が本当に誰かを救うのかな?なんて考えながら、
なんとなく嫌な予感がして、画面を見ると母からの着信。
電話に出ると、落ち着きのない声で、
「今、病院から電話があって、お父さんの容態が急変したって。すぐ病院に来てって言われたんやけど、
父が少し前から入院していることは知っていたけど、
結果、
入院してからも一時帰宅をしたり、
(後から父の知り合いに聞いた話では、本当は3.4日の検査入院
今思えば、体はすごく辛かったんじゃないかな、
母からの電話を切って、
1時間ほどすると今度は姉から着信があり、
「今どこ?あとどれくらい?」
そんなこと言われてもどうしようもないと思いながらも、「
“今どこ?”
“あとどれくらい?”
そんなすぐに距離が縮むわけもなく、
“あと3時間くらいかな。”
“あと2時間半くらいかな。”
と数十分おきに同じようなやり取りを繰り返しながら
初めは”奇跡的な回復を見せて元気なお父さんに戻って”と願って
“私が病院に着くまでどうか持ち堪えて欲しい”なんてお願いに変
そのあと少しすると”もう 心拍数0や”とLINEがきて私はトーク画面を閉じました。
状況を理解しているようで、まだ全然理解できてない自分も居て、
あまりにも近すぎる人間が、あまりにも突然、
そんな中、母からの着信があり、電話に出た瞬間 「もしもし」と声を出す前に涙が溢れていました。
姉とのLINEのやりとりを知らない母は私に 「お父さんあと数時間やって。どれくらいで病院これる?」と、
一瞬で事態が変わりすぎて夢でも見ているような感覚のまま病院に着いて、
それでも私は心のどこかで、
髪が抜けた頭、土色の顔、
「これ、ほんまにお父さん??」
と聞いていました。
お父さんやでって当たり前の返しが返ってきたたけど、私はまた、
「やっぱりお父さんに見えへん!おじいちゃんにソックリやん!
というと妹は泣きながらちょっと笑って
「おじいちゃんに似てるけどほんまにお父さんやで」
テレビドラマなどでよく見る亡くなった人の姿とはあまりに違って
そんな中、遠い記憶にあるくらいの、
私が到着して間もなく、
少し落ち着いた後に母から聞いた話によると、
そして、亡くなる3日前に輸血することになり血小板の輸血を行な
私はそこで初めて父の状態がそこまで悪かったことを知りました。
けど、その輸血によってようやく熱が下がり、
輸血をしていなかったら父は数日早く亡くなっていたかもしれない
私はその輸血によって、少しでも父の熱が下がり、
最後に母の用意したプリンを食べられたことが本当に嬉しくて、
献血に行っても、
実際私も献血をしてそう思っていたけど、父を通して、
輸血によって救われた人って本当に沢山いると思うし、
音楽をやってきて人に何かを発信する立場である私が、
私にはどうしてもこれを切り離した出来事だと思えず、
これを見て一人でも、
献血に行かなくても、行けなくても(献血は、
だいぶ重苦しい文章を書いてしまったけど、献血センターは、
赤十字のサイトにアドレス登録したら、
田舎出身の私は
“な、
って色々感動したし、
本当か知らんけど、
血抜きカフェ行くか~!(ネーミング微妙?笑)
みたいな感じで行ってみるのも良いと思います。
そして、父の死を通しても、メンバーの脱退を通しても、
当たり前の日常や当たり前の存在なんて本当に一つもないし、
いつ誰に会えなくなるかなんて本当に分からないから、
幸い、私は父に反抗期とかもなく家族本当に仲良くて、
あんなこと言わなきゃ良かったとか、
父が亡くなった日も、偶然滋賀に帰る日で、
翌日翌々日とライブだったにもかかわらず、
新しいCDをリリースする月だったこともあり仕事の予定はびっし
(献血で一時回復できた結果と、父が私のためにそうなるようにしてくれたんじゃないかななんてち
心残りがあるとしたら、
早く孫を見たがっていたけど見せてあげられなかったこと、
みんなもほんの少し、いつも側に居てくれる人、側にある音楽、
また今度でいいや、
意識するのってなかなか難しいけどね、、、。
最近は平成最後~なんて言うけど、どんな日でも、
こうしてみんながブログを読んでくれることも、
余談、、、
私の母と妹は父が亡くなるまで一度も自分でガソリンを入れたこともないくらいで(父は母と妹には特に過保護だった&車屋さんの自営業をしていたこともあって)、父がいなくなったらどうなってしまうんだろうって思っていたけど、父がいなくなってから本当に色々大変だけど、毎日やっていけてます。ガソリンも入れられるみたいやし笑(初めてセルフで入れた時ガソリン溢れたらしいけど笑笑)
人間いざとなったら心配しなくてもある程度のことは絶対できるので、あまり何事も恐れず、一度の人生、いつ終わるか分からないから、やりたいことはやっちゃおう!!!
(何の保証もできんけど笑)なんとかなるから!!
長く拙い文章を読んでくれてありがとう!
じゃあ、終わります。
またね~!
献血って大したことないなぁって思うけど、こうして誰かの役に立ってるんだなぁとしみじみ…
俺も休憩がてら10回以上いってるけど、最近行けてなかったからそろそろ行こうかな…
献血って、正直、自分の血が抜かれるからとても怖いと思ってました。けど、このブログを見て、献血への考え方が変わりました。自分の血が誰かのためになると思うと、とても素敵ですね。
実感はわかないけど、献血って簡単にできる人助けのひとつだと思ってます。自分自身に輸血歴あることを知る前は友達と出かけるついでに献血してました。(輸血歴ある人は献血できない)出かけるついでにとか、いろいろ粗品もらえるからみたいな軽い気持ちでいいので献血する人が増えたらいいなと思ってます。
ちなみにまおさんが信じてることには医学的根拠がなかったはずです、、、笑
まおさんの話を聞いて、献血への感じ方が変わりました。
献血ってほとんどした事なくて…
(学生の頃?かな)
近くのショッピングセンター(ビバシティ)にも たまに献血バス来てるし、タイミングが合えばしてみようかなぁ〜
貴重なお話聞かせて下さりありがとうございました
私も小さい頃に身近な人が突然死を迎え、命の儚さ、尊さを知りました。まおさんのブログを読んで改めて1日1日を大切にしたいと思いました!やりたい事はどんどんやってみようと思います٩( ‘ω’ )و
一度しかない人生の中で、音楽、バンド、Swimy,やミーズと出会えた事、幸せに思います!
献血は、年間回数制限までここ三年は行ってます。
20の献血もあるようですが、若い人がなかなかしないみたいですね。。。
献血をもっとひろめたいですね!
通勤の電車の中ですが、ブログを読んで涙が止まりません。
先日祖父が亡くなって、実感もわかないまま葬儀の手伝いをしましたが、ブログを読んで最期のお別れを思い出しました。
大切な人が亡くなるのって本当に心に響きますよね。
貴重なお話ありがとうございました。
まおさんらしい素敵な文章ですね。
色々考えさせられました。
身近な大切なことがたくさんありますよね。
貴重なお話をありがとうございました。
とても素敵な文章ですね。
自分は12歳で父と、14歳で母とお別れしました。2人とも病気で、気づいた時にはだいぶ病が進行してる状態でした。
まだまだ子供だった自分は、父が亡くなる事が受け入れられませんでした。その2年後に母が亡くなった時には、不思議と受け入れられたのを覚えてます。
当時は父や母との大きくなったら…的な約束が果たせない事、親孝行が出来なかった事が悔しくて、辛かったです。でも、とりあえず今を生きている事が恩返しにはなるかなぁ?って考えて、生きてます。
自分もその頃から、当たり前は無いんだって思ってます。その日その日を大事に、思い出を忘れずに、後悔の無いように、色んな出会いに感謝して、過ごせていけるようにしなきゃですね!
献血も定期的にいってます!毎回400ml抜いてますが(太ってるのでw)、AB型は常に献血量が、少ないらしいので、なんやったらもっと抜いて下さい!っていつも言ってますw
まおさんの言う様に、怖い所でもないので、もっと皆が献血をして、多くの命を繋ぐ事が出来たら、素敵だと思います!
長文のコメントすいません!
暑いので体調に、気をつけて下さいね、
ではまた!
まおさん、ブログを始めてくれて嬉しいです。
私も12歳の時に父は病により亡くなりました。病院から連絡がありすぐ向かうと父なのに父じゃないような、不思議な感じがあり、まおさんのこれお父さん?って言うのがとても良くわかります。亡くなったあともこれはドッキリなんじゃないかとか夢であるとか、ずっと思っていました。
やっぱり人が突然なくなるって言うのは辛いことです。
献血などで助かる生命、少しでも長く生きれることが出来る。そのことを知ってからはわたしも献血に定期的に通っています。
多くの人がこのことを知って献血をしてくれることを願ってます!
突然長文、よく分からない文章失礼しました!!
これからもSwimy,応援してます!(^^)
このブログを読み、4年前に亡くなった父、昨年亡くなった祖父をおもいだしました。実家には母と祖母のみで、なんとかなっているようです。男手が無いとなかなか大変なことがあるようで、ちょこちょこ帰るようにはしてます。(笑)
献血は阪神淡路大震災をきっかけに始め、少なくても一年に一回は行くようにしてます。
みんなにも気軽に献血に行って欲しいですね!
少し前、お祖母さんが似たように、
容態が急変して亡くなりました…
まおサンの話を聞いて、
色々共感するところあったけど、
皆んなに話してくれてありがとう。
献血も高校卒業の記念に、学校でした事があったけど、また献血してみようと思いました。
コレからも、仕事と家族仲良く頑張ってください。応援しています(。ӧ◡ӧ。)
最近むちゃくちゃ聴いてます。
そんな中このブログにたどり着き、一曲一曲の重みを改めて感じました。そして献血とてもしたくなる内容でした。献血は何回もやってますがまた休みがあるときに行ってみようと思います。
本当にSwimy,大好きです。いつも元気もらってます!これからも応援してます。