父の最期と献血

 

Swimy,まおです。

 

 

 

 

 

今日は私の父のお話と献血のお話をしようと思います。

 

 

新しいホームページにブログが加えたきっかけは、この文章を書きたくて伝えたかったからとも言えるくらいです。

 

 

 

 

 

 

 

2017年2月3日

私の大好きな父は亡くなりました。

 

 

関西や名古屋でのライブにはいつも家族で見に来てくれていて、

マオさんの家族いつも来てますね」「もう家族の顔覚えました!」

なんてお客さんに言われることもあるくらいで、ライブ会場で父の姿を見たことある人が何人も居たと思います。

 

 

 

 

その日私は都内にて収録を終え、翌日のライブに向けて滋賀の実家に向かう前に、生まれて初めての献血に行きました。

 

 

きっかけは献血に関するラジオ番組『 LOVE in Action 』(小林麻耶さんの番組(その時は療養中で川田裕美さんでした))でSwimyのコメントを流してもらえることになり、

 

“何も知らないままコメントするのは絶対ダメだ!”

 

と思い、しっかり自分で経験をしてから献血についてお話ししたかったからです。(結局このラジオへのコメントはたくみが取材で会社に行った時に録ることになって私のいないところで終わった。笑)

 

 

献血を受けたのは渋谷でした。

すごく綺麗な所で、色んな飲み物が飲み放題で、すごいなーと思いながら色々記入して順番を待って、

 

 

献血が初めての人は献血する前に簡単な血液型検査とかするんやけど、”私ほんまにB型かな?今さら違う血液型やったらどうしよう“とか考えてちょっとドキドキしながら、結果しっかりB型で他も特に問題なくいざ献血。

 

 

体重的に私は200ml抜くことに。(抜く血に種類があったり、体重によって200ml、400mlとかあった)

 

 

注射が苦手な私は、痛い~!とか注射の針が思ったより太い!とか言いながらも担当の看護師さん?的な人が優しくて面白いおばちゃんで、にこやかに献血を終えられました。

 

 

無料でもらえるアイスクリームを食べて、思ったよりさらっと終わったなーと思いながら、

いざ滋賀へ向けて出発!

 

 

献血したと言っても、今まで身近に輸血をした人とかそういった場面に遭遇したことのない私は、よくある採血のちょっと多めに血を抜いたバージョンみたいな感覚で、

あの血が本当に誰かを救うのかな?なんて考えながら、車で東京を出発して数時間経った頃、電話が鳴りました。

 

 

なんとなく嫌な予感がして、画面を見ると母からの着信。

 

電話に出ると、落ち着きのない声で、

「今、病院から電話があって、お父さんの容態が急変したって。すぐ病院に来てって言われたんやけど、今どの辺?帰りにそのまま病院に寄れる?」と。

 

 

父が少し前から入院していることは知っていたけど、元々入院が決まった時に父は家族に「3.4日の検査入院で、結果が悪かったら長めの入院なるかもしれん」って言ってて、私も初めはそう報告を受けたし心配しながらも大丈夫だと信じていました。

 

 

結果、あまり良くなくて長期入院することになったと聞いたものの、心のどこかでお父さんなら驚異的なスピードでケロッと治るんじゃないかとか本気で思っていました。

 

 

入院してからも一時帰宅をしたり、滋賀に帰った時に私がお見舞いに行った時も、痩せたり見た目は少し変わっているものの、いつも通りの父で楽しく会話して、この様子なら入院も縮まってすぐに退院できるんじゃないかとすら思っていました。

 

 

(後から父の知り合いに聞いた話では、本当は3.4日の検査入院とかそんな話は無くて、初めから最低半年間の入院と言われてたみたいです。母や私たちが聞いたら絶対に心配するし不安になるから家族には本当のことを絶対言わないでと口止めしていたらしい。)

 

 

今思えば、体はすごく辛かったんじゃないかな、一人の時はすごく不安に襲われたりしたんやろうなと思います。

 

 

 

母からの電話を切って、早く病院に行きたいけど滋賀県はまだ先で、全く落ち着かない時間を過ごしました。

 

 

1時間ほどすると今度は姉から着信があり、病院に着いて電話をかけて来たようで、後ろがやけに騒がしい。妹がなんか叫でる声も聞こえるし、良くない状況だということはすぐに分かりました。

 

「今どこ?あとどれくらい?」

そんなこと言われてもどうしようもないと思いながらも、「頑張って早く帰る」と言って電話を切り、30分ほど経って今度は姉からLINEが来ました。

 

 

“今どこ?”

“あとどれくらい?”

そんなすぐに距離が縮むわけもなく、

“あと3時間くらいかな。”

“あと2時間半くらいかな。”

と数十分おきに同じようなやり取りを繰り返しながら

 

初めは”奇跡的な回復を見せて元気なお父さんに戻って”と願っていたのに、いつのまにか、

“私が病院に着くまでどうか持ち堪えて欲しい”なんてお願いに変わっていることに気づき、事態の悪さに息苦しくなりました。

 

 

そのあと少しすると”もう 心拍数0や”とLINEがきて私はトーク画面を閉じました。

 

状況を理解しているようで、まだ全然理解できてない自分も居て、

あまりにも近すぎる人間が、あまりにも突然、命の終わりに向かうことにこれまで経験したことのない感覚になりました。

 

 

そんな中、母からの着信があり、電話に出た瞬間 「もしもし」と声を出す前に涙が溢れていました。

 

 

姉とのLINEのやりとりを知らない母は私に 「お父さんあと数時間やって。どれくらいで病院これる?」と、父のいる病室の番号を伝えてくれました。

 

 

一瞬で事態が変わりすぎて夢でも見ているような感覚のまま病院に着いて、急いで病室に向かうと廊下に親戚や知人が沢山集まっていました。

 

それでも私は心のどこかで、部屋に入ると目を開けて迎えてくれるんじゃないか、突然心臓が動き出すんじゃないかという思いを捨てきれないまま部屋に入りました。

 

 

 

髪が抜けた頭、土色の顔、私が最後に会った父より遥かに老けて見えて、思わず私は

 

「これ、ほんまにお父さん??」

 

と聞いていました。

 

 

お父さんやでって当たり前の返しが返ってきたたけど、私はまた、

 

「やっぱりお父さんに見えへん!おじいちゃんにソックリやん!ほんまにお父さんなん?」

 

というと妹は泣きながらちょっと笑って

「おじいちゃんに似てるけどほんまにお父さんやで」と言ってきて、少し空気が和みました。

 

 

テレビドラマなどでよく見る亡くなった人の姿とはあまりに違っていて、父の姿を見たら現実だと気付くと思っていたのに、父の姿を見て余計に現実だと思えなくなっていました。

 

そんな中、遠い記憶にあるくらいの、父より遥かに年上の親戚たちが次々と集まる光景が、さらに現実感を遠ざけていました。

 

 

私が到着して間もなく、病院の先生がやってきて部屋の時計で時間を確認し父の死亡時刻が告げられ、機械が切られ、本当に呆気なく父は最期を迎えました。

 

 

 

少し落ち着いた後に母から聞いた話によると、離れて暮らす私に心配かけないように黙っていたけど、亡くなる10日ほど前から高熱が続いていて一向に下がらずトイレも自力で行けず、ペットボトルの蓋も自分であけられないくらいの状況だったとのこと。

 

 

そして、亡くなる3日前に輸血することになり血小板の輸血を行なったと。

 

 

私はそこで初めて父の状態がそこまで悪かったことを知りました。

 

 

けど、その輸血によってようやく熱が下がり、元気を取り戻し始めていたから、このまま前みたいに回復していくだろう と思っていた矢先、容態が急変したようでした。

 

 

 

輸血をしていなかったら父は数日早く亡くなっていたかもしれないし、もしかしたら輸血してなくても同じ日に亡くなっていたかもしれないし、それは誰にも分からないけど、

 

私はその輸血によって、少しでも父の熱が下がり、何も口にすることが出来なかった父が妹の作ったサンドイッチを口にすることが出来たこと、

 

最後に母の用意したプリンを食べられたことが本当に嬉しくて、その血をくれた方に本当に感謝しています。

 

 

献血に行っても、実際に自分の血が誰かに使われているところを見ることは無いし、自分が誰かの力になってるっていう実感は湧きづらいと思います。

 

実際私も献血をしてそう思っていたけど、父を通して、身近に輸血をした人が居たことで、献血の有難さと尊さを身にしみて理解することができました。

 

 

輸血によって救われた人って本当に沢山いると思うし、現在救われてる人も沢山いると思います。

 

 

音楽をやってきて人に何かを発信する立場である私が、初めて献血をした日に自分の父が輸血によって少しの間でも命を繋いで貰ったという話を聞いて、

私にはどうしてもこれを切り離した出来事だと思えず、発信することの責任を強く感じ、あの日からおよそ一年半の月日が経った今、この文章を書こうと決意しました。

 

 

これを見て一人でも、献血行ってみようって思ってくれる人がいたらこの文章を書いて本当に良かったなと思うし、

 

献血に行かなくても、行けなくても(献血は、やりたいと思ったら誰でもできるわけじゃなく、体重や貧血の有無や体に少しでも切り傷があると断られたりとか条件が揃ってないと出来ない)、献血のことを知ってもらえたら嬉しいと思います。

 

 

だいぶ重苦しい文章を書いてしまったけど、献血センターは、ちょっとしたカフェみたいに綺麗な待合室に漫画や雑誌もいっぱいあったりお菓子や飲み物も無料やし(場所によって様々やとは思うけど、割とこういう話は聞く)

 

赤十字のサイトにアドレス登録したら、帰り際に膝掛けもらったり、

田舎出身の私は

“な、なんかすっげえサービス豊富やぁーーー”

って色々感動したし、全く緊張とかしないです。

 

 

本当か知らんけど、定期的に少量の血を抜くと血が入れ替わって健康にいいとか、血サラサラなるとか、冷え性治るとか色々聞くし(私は割と信じてる)

 

血抜きカフェ行くか~!(ネーミング微妙?笑)

みたいな感じで行ってみるのも良いと思います。

 

 

 

そして、父の死を通しても、メンバーの脱退を通しても、

当たり前の日常や当たり前の存在なんて本当に一つもないし、当たり前のように近くに居てくれている人こそが本当は一番尊くて奇跡の存在だと思います。

 

 

いつ誰に会えなくなるかなんて本当に分からないから、また今度でいいや、またにしよう、なんて思って後で後悔だけはしないように、その一瞬一瞬を大切にしたいなと思うようになりました。

 

 

幸い、私は父に反抗期とかもなく家族本当に仲良くて、父が生きている時はとても楽しい時間を過ごしていたから、

あんなこと言わなきゃ良かったとか、もっとこうしたら良かったとかそういう後悔は無く、家族と会っても父との楽しい思い出話をして笑ったり。

 

父が亡くなった日も、偶然滋賀に帰る日で、すぐに病院に駆けつけることができたり、

翌日翌々日とライブだったにもかかわらず、お通夜とお葬式の時間がちょうどライブの出演時間と重ならなかったから、ライブ会場と葬儀会場を行ったり来たりでバタバタしたものの奇跡的にお通夜とお葬式全てに参加できてしっかり最期まで見届けられたことも本当に良かったです。

 

新しいCDをリリースする月だったこともあり仕事の予定はびっしり埋まっていたから、1日でも父の亡くなる日がズレていたら、父が亡くなってすぐ病院に駆けつけることも、お通夜お葬式に参加するのも難しかったやろうし、父の最期の姿を見れず沢山の心残りが出来ていたと思います。

(献血で一時回復できた結果と、父が私のためにそうなるようにしてくれたんじゃないかななんてちょっと思ってます。)

 

 

心残りがあるとしたら、売れて家を建ててあげるとか言ったのに出来なくなったことと(笑)

早く孫を見たがっていたけど見せてあげられなかったこと、結婚式を見せてあげられないこと(三姉妹ですが、あいにく3人とも予定なし)です。笑

 

 

 

みんなもほんの少し、いつも側に居てくれる人、側にある音楽、景色 に感謝しながら、

また今度でいいや、またにしようとか何気ないことで後悔しないように、日々を過ごして欲しいです。

 

 

意識するのってなかなか難しいけどね、、、。私もついつい忘れがちやし。

 

 

最近は平成最後~なんて言うけど、どんな日でも、その日その時間は最後だから!

 

 

 

こうしてみんながブログを読んでくれることも、当たり前じゃないって本当に嬉しく奇跡のように思ってます。

 

 

 

 

余談、、、

私の母と妹は父が亡くなるまで一度も自分でガソリンを入れたこともないくらいで(父は母と妹には特に過保護だった&車屋さんの自営業をしていたこともあって)、父がいなくなったらどうなってしまうんだろうって思っていたけど、父がいなくなってから本当に色々大変だけど、毎日やっていけてます。ガソリンも入れられるみたいやし笑(初めてセルフで入れた時ガソリン溢れたらしいけど笑笑)

 

 

人間いざとなったら心配しなくてもある程度のことは絶対できるので、あまり何事も恐れず、一度の人生、いつ終わるか分からないから、やりたいことはやっちゃおう!!!

(何の保証もできんけど笑)なんとかなるから!!

 

 

長く拙い文章を読んでくれてありがとう!

じゃあ、終わります。

またね~!

 

 

 

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父の最期と献血” に 11 件のコメント

  1. 献血って大したことないなぁって思うけど、こうして誰かの役に立ってるんだなぁとしみじみ…
    俺も休憩がてら10回以上いってるけど、最近行けてなかったからそろそろ行こうかな…

  2. 献血って、正直、自分の血が抜かれるからとても怖いと思ってました。けど、このブログを見て、献血への考え方が変わりました。自分の血が誰かのためになると思うと、とても素敵ですね。

  3. 実感はわかないけど、献血って簡単にできる人助けのひとつだと思ってます。自分自身に輸血歴あることを知る前は友達と出かけるついでに献血してました。(輸血歴ある人は献血できない)出かけるついでにとか、いろいろ粗品もらえるからみたいな軽い気持ちでいいので献血する人が増えたらいいなと思ってます。

    ちなみにまおさんが信じてることには医学的根拠がなかったはずです、、、笑

  4. まおさんの話を聞いて、献血への感じ方が変わりました。
    献血ってほとんどした事なくて…
    (学生の頃?かな)
    近くのショッピングセンター(ビバシティ)にも たまに献血バス来てるし、タイミングが合えばしてみようかなぁ〜

  5. 貴重なお話聞かせて下さりありがとうございました
    私も小さい頃に身近な人が突然死を迎え、命の儚さ、尊さを知りました。まおさんのブログを読んで改めて1日1日を大切にしたいと思いました!やりたい事はどんどんやってみようと思います٩( ‘ω’ )و
    一度しかない人生の中で、音楽、バンド、Swimy,やミーズと出会えた事、幸せに思います!

  6. 献血は、年間回数制限までここ三年は行ってます。
    20の献血もあるようですが、若い人がなかなかしないみたいですね。。。

    献血をもっとひろめたいですね!

  7. 通勤の電車の中ですが、ブログを読んで涙が止まりません。
    先日祖父が亡くなって、実感もわかないまま葬儀の手伝いをしましたが、ブログを読んで最期のお別れを思い出しました。
    大切な人が亡くなるのって本当に心に響きますよね。
    貴重なお話ありがとうございました。

  8. まおさんらしい素敵な文章ですね。
    色々考えさせられました。
    身近な大切なことがたくさんありますよね。
    貴重なお話をありがとうございました。

  9. とても素敵な文章ですね。
    自分は12歳で父と、14歳で母とお別れしました。2人とも病気で、気づいた時にはだいぶ病が進行してる状態でした。
    まだまだ子供だった自分は、父が亡くなる事が受け入れられませんでした。その2年後に母が亡くなった時には、不思議と受け入れられたのを覚えてます。
    当時は父や母との大きくなったら…的な約束が果たせない事、親孝行が出来なかった事が悔しくて、辛かったです。でも、とりあえず今を生きている事が恩返しにはなるかなぁ?って考えて、生きてます。
    自分もその頃から、当たり前は無いんだって思ってます。その日その日を大事に、思い出を忘れずに、後悔の無いように、色んな出会いに感謝して、過ごせていけるようにしなきゃですね!
    献血も定期的にいってます!毎回400ml抜いてますが(太ってるのでw)、AB型は常に献血量が、少ないらしいので、なんやったらもっと抜いて下さい!っていつも言ってますw
    まおさんの言う様に、怖い所でもないので、もっと皆が献血をして、多くの命を繋ぐ事が出来たら、素敵だと思います!

    長文のコメントすいません!
    暑いので体調に、気をつけて下さいね、

    ではまた!

  10. まおさん、ブログを始めてくれて嬉しいです。
    私も12歳の時に父は病により亡くなりました。病院から連絡がありすぐ向かうと父なのに父じゃないような、不思議な感じがあり、まおさんのこれお父さん?って言うのがとても良くわかります。亡くなったあともこれはドッキリなんじゃないかとか夢であるとか、ずっと思っていました。

    やっぱり人が突然なくなるって言うのは辛いことです。
    献血などで助かる生命、少しでも長く生きれることが出来る。そのことを知ってからはわたしも献血に定期的に通っています。
    多くの人がこのことを知って献血をしてくれることを願ってます!

    突然長文、よく分からない文章失礼しました!!
    これからもSwimy,応援してます!(^^)

  11. このブログを読み、4年前に亡くなった父、昨年亡くなった祖父をおもいだしました。実家には母と祖母のみで、なんとかなっているようです。男手が無いとなかなか大変なことがあるようで、ちょこちょこ帰るようにはしてます。(笑)
    献血は阪神淡路大震災をきっかけに始め、少なくても一年に一回は行くようにしてます。
    みんなにも気軽に献血に行って欲しいですね!

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